イチローの記録にも記憶にも残るシーンベスト5【私的ランキング】

先日、日本が誇る世界の安打製造機が引退した。

稀代の名プレーヤーとしてこれから永遠に語り継がれるであろうイチローの記録にも記憶にも残る現役時代の名シーンベスト5を紹介する。

記録に残るベスト5

5位:7年連続首位打者

1994年ー2000年にかけての7年間、日本野球において首位打者を獲得。これは日本の野球界において最多記録であり7年連続で獲得したのはイチローのみである。

さらに、94年に残したシーズン210安打は、当時の日本野球の最多記録を更新

現在では、2010年にマートン(阪神)が214安打、2015年に秋山翔吾(西武)が216安打を放ち、イチローの記録を塗り替えているが、両者とも試合数は143試合・144試合とシーズンほぼフル出場。対するイチローは130試合で210安打を記録したため、打率に換算すると同じ出場試合数なら今でも破られていないヒット数を記録していたかもしれない。

4位:大リーグ通算3089安打

長い大リーグの歴史の中でもイチローが積み上げた3089安打は歴代23位の記録。(2019年5月時点)

通算安打の歴代上位者を見ると、そのほとんどが大リーグの殿堂入りを果たしている。イチローも今後殿堂入りされることはほぼ間違いないだろう。

3位:歴代No. 1日米通算4367安打

「日本通算1278本」+「大リーグ通算3089本」の日米通算4367安打の記録は、P・ローズの持つ4256安打を抜いて歴代No. 1だ。

日本野球では通算2000本安打が野球殿堂入りの基準と言われているとのことだから、改めてみるとイチローが打ち立てた4367本という数字は驚異的である。

2位:10年連続200安打以上

プロで活躍する選手たちは日本・アメリカ問わず、10年間ケガなくプレイすること自体が難しい。

しかし、イチローはケガどころか、10年連続ヒットを200本以上放つという偉業を成し遂げた。歴代の大リーガーの記録を見ても200本以上放つ選手自体そう多くはいない。さらに200安打以上を複数回達成した選手となると、おそらく片手で数える程になるのではないか。

それをイチローは10年連続で成し遂げた。この大記録は偉業中の偉業ではないだろうか。

1位:大リーグ・シーズン最多262安打

2004年、イチローは当時、ジョージ・シスラーの持つ大リーグシーズン最多安打記録257本の記録を84年ぶりに更新し、262本ものヒットを打った。

これは15年経った現在の2019年においても、未だに更新されいない大記録であり、今までの何百年という大リーグの歴史の中でも、日本人選手が打ち立てたことに大きな価値を感じる記録でもある。

同じ日本人である誇りとして文句のつけようがない1位ではないだろうか。

記憶に残るベスト5

5位:ワンバウンドヒット

イチローのオリックス時代の伝説の名シーンとしては定番ではないだろうか。

2000年5月13日のロッテ戦で、ピッチャーが投げた球はベース手前でワンバウンドする。しかし、次の瞬間、バットを出したイチローはワンバウンドしたボールを見事にミートし、ライト前へ運んだのだ。

類まれなバットコントロールを魅せたイチローの代表的な記憶に残る名シーンである。

4位:華麗なクロスプレーで貴重な1点先制

2012年ヤンキース時代のイチローが、走塁で魅せたスーパープレー。

タイミングは完全にアウトだが、キャッチャーのミットを華麗にかわし、曲芸のような忍者のような先制点にスタンドが大きく湧き上がったシーンは強く記憶に残るシーンだった。

3位:強肩「レーザービーム」

イチローの代名詞ともいえるレーザービーム。

今まで数多くのレーザービームで走者を刺し、進塁を許さなかった。

中でもメジャー1年目、レーザービームが誕生した瞬間がもっとも記憶に残るシーンではないだろうか。

2位:ファインプレーの数々「エリア51」

記憶に残るイチローのプレーは数えきれないほどあるが、中でも守備によるファインプレーは特に記憶に残ったものが多いのではないだろうか。

ときにはホームランであろうボールをフェンスをよじ登りキャッチしたり、通常の守備範囲では到底追いつけないボールを追いついてキャッチしたりと、数多くのファインプレーを長年にわたって魅せてもらった。

そんな強固な守備力とイチローの背番号が51であることから、シアトルではセーフコ・フィールドのライトは「エリア51」というように称された。

1位:2009WBC決勝打 センター前クリーンヒット

記憶に残ったイチローの名シーン堂々の1位がこちら。

2009年WBC(ワールドベースボールクラシック)の決勝戦での決勝打である。

この大会、イチローは不振に陥り、ヒットどころかバントも失敗するほど絶不調だった。

しかし、最後の最後に奇跡は起きる。

因縁の韓国との決勝戦、9回裏まさかの同点に追いつかれ絶体絶命のピンチというところで10回表、ランナー1、3塁で打席はイチローに回る。

日本の期待を背負い、さらに2アウトであとがないというプレッシャーの中、何度もファウルで粘った。そして決勝打となるセンター前に綺麗なクリーンヒットを放った。

あれから10年経ったが、今でも当時のあの瞬間が深く記憶に刻まれている。

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